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経営陣が「プライベート優先」を理解できない3つの理由【時代錯誤】

投稿日:2018年2月8日 更新日:

ブラック企業・労働が世間を騒がせる昨今。
働き方改革と銘打った公共的な動きも徐々に認知度を上げ、昔ながらの働き方が通用しない時代に入っているとの認識は、全国で高まりつつあるかと思います。

数年前までは、新卒世代の新しい考えは完全に馬鹿にされる側でした。「ゆとり」と切り捨てられ、頭のおかしい新入社員と揶揄されることもしばしば。就職難で学生が完全に選ばれる側だったことも影響していたでしょう。

それと比較すれば、最近は企業側が新入社員に合わせなければならないと言った空気の話題も増えてきており、社会的な変化が求められる風土に変わりつつあります。素晴らしいです。

そんな折、声高に言われるようになった「プライベート優先」という考え方。仕事が終わっていなくても関係ないと言わんばかりに帰宅し、自分達の予定を優先しようとする人が増えているとのこと。これらを指して「プライベート優先」と、マイルドに言われるようになったのです。

最早新しい世代を理解しなければ立ち行かなくなりそうな企業も増えていることでしょう。ですが、その解決方法をいざ考えてみても分からない企業が大半なのが現実です。

何故なら、日本企業の経営陣は「どうしてそんなことになるのか本当に理解できていないから」です。

この記事では日本企業の経営陣がそうなってしまうその理由を、生きてきた時代の違いによる認識の差に着目して記して行こうと思います。

1.働けばお金が貰えた時代を生きている

今の経営層は、高度経済成長~バブル期の最も経済力のある日本で、若く力のある時間を過ごした世代です。「働けばお金が貰える」という当たり前のことが成立していた時代があったのです。僕たち平成生まれには想像しかできません。羨まC。

もちろん、労働時間的なことを言えば今と変わらず激務だったところはあると思います。しかしそれは、「お金が出る」という絶対的な後ろ盾を持っているからこそ成立していたものです。

働いても相応のお金が貰えない今の若者には、同じ考えは通用しないわけです。

何故そういう時代を生きてきた世代が、今の若者にお金を払おうとしないのかは定かではありませんが、まぁ今でも"自分が"お金を変わらず貰えているからあまり気にしてないのでしょう。

駄目な世代

バブルノタシナミ

経営陣はよく「頑張って業績が上がれば給料も増える」と言いますが、それも本当に上がる定かではないのでモチベーションにはなりません。その保証はどこにもないからです。

従業員が業績→給料という考え方で働けるとしたら、それはその会社に高い業績と成長率があり、加えて既に一定の所得が与えられているなどの確固たる信頼による奮起がほとんどだと思います。薄給の人間を奮い立たせる物言いとしては「頑張れば上がる」はあまりにも弱すぎます。

社員をやる気にさせるには、まずお金を出すことから。そこから業績アップが生まれるというものです。

それができないというのは、自社の社員を信頼していないと同義。「高い金を出しても働かないかもしれない」と思っているのと同じこと。そんな会社のために働く人間なんていません。

現在の日本企業の多くは、お金と労働の順番が逆転している状態が"普通"だと考えているようにしか見えないのです。

それはつまり、彼らが「そういう社会」で登り詰めた人間である証。悲しいかな、失われた20年、一生不景気だった現代人にはそこをポジティブに考える力はないと断言できてしまいます。

2.未来が明るかった

前項で「そんなことないぞ。俺は薄給だが一生懸命働いていた」と言う人がいるかもしれないので、似たような話ですが別に分けて書きます。

同じ会社で働いていれば、一生その会社で雇ってもらえる。定年退職して、退職金を貰って、慎ましく一生を終える。そんな選択が当たり前に見えていたのがここ60年くらいの話です。お金が若干少なくても、一つのところに根を下ろす努力をすれば堅実な結果が見出せていました。

現代は多くの人がいつどうなるかも分からないギリギリの経営状態や勤務体系の零細、中小企業に就職します。名の知れた大企業ですらふとした折に立ち行かなくなるのが当たり前の時代になりました。

目まぐるしい技術躍進は不必要な職業・企業も沢山生み出しており、それは今後より深刻な職業難となって我々を襲うでしょう。

となれば、大した給料も貰えない一つのところのために努力して人生を歩むより、色んなものに手を出して、人生の選択肢を増やそうとする人が増えるのは当たり前というものです。

他人任せでは明るい未来を想像できない社会になってしまっているから、自分の力で満足できる生き方を切り開こうとする。それが今を生きる若者です。

そもそも「プライべート優先」と言いつつも遊んでばかりいるわけではありません。別の生き方を探る者、副業で収入を得る者もいます。当然余暇を全力で楽しむ者もいる。時間の使い方は様々です。

現代人は何に努力の方向を向けるかを自分達で選び、戦っていく世代。目の前のものをこなしていれば安定を得られた世代の方々には、その感覚が掴めないのだと思います。

特に今でも経営に尽力している方々というのは、荒波を乗り越え「明るい未来」を勝ち取った人々かと思います。そういった成功者が「努力をすることで未来を切り開ける」といった価値観になるのもまた当たり前なのかもしれません。

だからこそ努力の方向性を違えている若者のことは、遠く理解が及ばない存在になってしまっているのでしょう。時代を打破するためにもがき苦しんだ若き日の自分達と、今を努力する若者を重ね合わせて考えてほしいと思うものです。

3.娯楽が多様化した

何だかんだ一番はこれかもしれません。

経営者層にとって仕事とは生き甲斐であり、最も心血を注ぐに足る存在です。今はそうではありません。

「帰ってそんなにやることがあるのか?」と疑問を持つ人もいるそうですね。今は幾らでも楽しいことがあり、仕事を終えてからやることは無限にあります。

時に他人に苦しめられ心身をすり減らしながらやり甲斐を得るよりも、好きなように自分で自分を苦しめてやり甲斐を得る方が楽しいに決まってます。

だから仕事なんかさっさと切り上げて自己研鑽に臨むのです。それがゲームだって良いのです。その人が本気になるのであれば、嫌々やる仕事より価値を持つことだってあるでしょう。

このような話をしてもピンと来ない人達が、上の世代には多いのではないかと思うのです。それは昔の娯楽と今の娯楽は本質が異なっていることに大きな要因があります。

お金がある時代の娯楽は、文字通り「お金を使うための存在」でした。車やら飲み会やら旅行やら、短時間にパーン!とお金を使って楽しむ消費的なものが多かったと言えます。

対して現代人に支持されているのは「お金を使わないで済む娯楽」です。なるべくお金を使わずに長時間楽しめるものが流行っています。

お金を得られなくなってしまったので、基本無料のyoutubeやアプリゲームなどのデジタルコンテンツが趣味の主流に。刹那的にウン万円単位で課金してしまう人もいますが、ああいうお金の使い方をする人は全体的に見ればかなりの少数派です。

昔は時間はなくてもお金を使えました。今はお金がないから時間を使って楽しみます。

お金がない人が割けるものは時間だけであり、時間がない人が使えるのはお金だけです。お金を得る努力をするよりも、今ある娯楽を一生懸命楽しんだ方が確実だしコスパも良いわけです。

無限にある娯楽を、最低限の苦痛とそれに見合った収入で的確に楽しむ。ある意味これは、現代人なりの「明るい未来」の描き方です。

遊びと仕事を結び付けて考えることは、最も大切なことでありながら、最も相互理解を図りにくいポイントであると思います。

ですから、「楽しむものの違い」そしてその「楽しみ方の違い」。これを意識することで、世代別の認識の違いは大きく埋まるのではないかと僕は考えています。

まとめ

価値観の違いというのを埋めるのは難しいもの。多くの人にとって生活の中心となる労働というジャンルにおいては、尚更のことでしょう。

それで結果的に良い生活を送ってきた。だから君らもそうすべきだし、そうした方が良い。これは全くもって通用しないほど、ここ数十年の社会情勢の変化は目まぐるしい。

理解できない人間が世に出てくるのも当たり前と思ってほしい。そして我々も理解できない人間の存在を認め、紐解いて行かなければならない。

僕はそんな風に思うのです。

相手の考えがまるで分からないのであれば、時にはそのバックボーンから洗い出し、思考を結び付ける必要があるはずです。今回の記事はその世代間の認識格差を埋める一助になればと思い執筆しました。

楽しんで頂けていたら幸いです。今回はこの辺りで失礼します。

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